タイガーウッズが復活して、
ウッズが低迷しスキャンダルでどん底にいたときも
スポンサーを降りずにサポートしてきたナイキに注目が集まりました。
日本とアメリカの企業や社会の文化や
考え方の違いをまざまざと見た気がしました。
日本だとまずスポンサーを続ける企業はいないでしょう。
アメリカでも多くのスポンサーが降りました。
しかし、ナイキはウッズを見限らなかった。
それは、ウッズを信じてと言うより、ウッズの才能にほれ込み再起を願って
(大きい意味で信じてですが)というマインドではないかと思います。
これには、明確な理念や固い信念がなければできないことだと思います。
スポーツの企業として、自分たちはどうしたいのか、
どうあるべきなのかという固い信念があればこそできたはずです。
世間の批判やイメージダウンもあるでしょうし、
投資家からの反発もあるでしょう。
しかし、それらに対する答えが明確にあるからこそ、
ウッズへの支援をやめなかった。
そこにナイキという会社の凄さがあると思いました。
これによりナイキブランドは、またひとつ価値が上がったと思います。
しかし、それを目指してやったのではない(でしょう)というところに
真の強さがあると思います。
ナイキはほかにも、国歌斉唱の論争になったアメフトの選手を
「何かを信じろ。たとえそれがすべてを犠牲にすることを意味しても」の
メッセージでCMに起用したり、自分たちのスタンスを明確にしています。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/09/04/nike-colin_a_23515931/
これらは、やはり「個」を重んじるアメリカの文化的背景もあると思いますが、
それでもナイキの姿勢は素敵だと思います。
かつてのベネトンが社会問題の報道写真を使ったキャンペーンを思い出しました。
http://www.ne.jp/asahi/box/kuro/report/benettonad.htm
ベネトンもまた、姿勢を明確にしている企業です。